咲く屋の理念

 私がさをり織と出会って早20年以上がすぎました。はじめは障害者施設で勤務中に作業種目の一つとして出会ったのですが、すぐにその考えの素晴らしさに魅了されました。

さをり織は工芸品ではなく、創作活動としてのフリースタイルの手織です。お手本がなく、色も素材も織り方も好きに織っていいのです。「これがさをり織」という決まった形はなく、織手が楽しく自由に自分らしく織っていれば、それがすなわちさをり織です。100人いれば100の違った作品ができます。

 

そしてさをり織は「機械ではない人間らしさ」を大切にしているため、既成の価値観からリフレームして作品を見ます。機械のように均一均質に織るのは機械に任せればよいのです。織手は自分にしか織れない作品を作ります。ところが私たちが既成概念を外して自分の頭で新しいものを生み出そうとすると、大変な努力が必要です。生まれた時から規格的な価値観に慣らされて染み付いてしまっているので、油断するとすぐに既製品に近づいてしまいます。

 

ところがこの難しい課題を楽々とクリアしてしまう人たちがいます。知的障害者と呼ばれる人たちです。彼らは常識的な価値観があまり入らないまま大きくなります。そのことは社会生活を営む上ではハンデとなることが多々ありますが、創作に関しては努力しなくても「自分が好きなように織る」ことができるのです。緯糸の目が飛んでも、布の端が不揃いで糸が垂れ下がっても、全く気にせずに嬉々として好きな色で織ることを楽しみます。そしてできた作品はまるで生き物のように私たちに訴える魅力を持っています。さをり織に関しては逆に、彼らから学ぶことの方が多いのです。

 

 私は20年の障害者支援の経験から、彼らが織を通して自信を回復し、イベントでの販売やファッションショー出演などを経験して苦手分野であった社会性まで身につけ成長する様子をたくさん見てきました。彼らも好きで得意なことを入り口にいろいろな経験を積むと成長することができるのです。しかしさをり織は障害者のためだけの特殊な織物ではありません。さをり織はシンプルな平織りでとても簡単な作業で織ることができます。そして表現の幅が広く奥が深いため、ちょっとした体験から本格的な趣味まで、一般の方も十分楽しむことができます。

 

 また、だれもがその人らしく輝くことを尊ぶ価値観は、どんな人にも当てはめることができます。これから2025年に向けて超少子高齢化社会に突入し、人口減と社会インフラの縮小が予想される社会の中では、今まで以上にそれぞれの個人が持てる力を発揮してお互いに助け合う場面が求められます。しかし人間関係が希薄化し、つながりが失われつつある現在のコミュニティでは助け合うためのつながりを再構築する必要があります。

 

咲く屋は、さをり織の創作活動を通して地域の人々が生き生きとその人らしく暮らせる社会を実現するという理念を持っています。これに基づき、織を通して多様性を受け入れる価値観を社会に提案しています。そして人と人を緩やかにつなぎ、様々な人が活躍できる場を創出し、コミュニティ再生の小さなきっかけ作りをしていきます。小さな活動ですが私たち、そして子供達の暮らすコミュニティの未来が優しくあたたかいものになりますようにとの思いを込めて。

 

平成30年4月

さをり織工房咲く屋
三好 照恵